大阪堺石津川スナップ

大阪7年間住んだなかの5年間を、大阪堺にある南海電車石津川駅近くのマンションを借りて拠点として活動をしていました。西側にある臨海工場地帯で働きつつ、写真とカメラを向き合ってきました。色々出会いと別れを経験し、苦しい思いもしましたが、この5年間近く過ごした石津川でも、少しだけ撮影を行っていたものをまとめたものとなります。

石津川駅周辺には外食チェーンなどがあったり、家の近くにはサカイ引越センター本社、株式会社シマノがありました。中百舌鳥古墳も有名ですが、企業も有名だったりしますよね。意外と僕の周りには有名企業があって、僕そんな企業にお世話になってきたのです。おかげさまで仕事には困らずに済んだという感じではありますが、7年間の大阪生活は終了し、長崎県佐世保市の実家で暮らし始めました。

そんな大阪石津川の記録です。何を思うこともないまま撮影したものが多くて、記事で何を書く迷いました。

石津川駅の裏手に神社がありまして「石津太神社」があります。阪堺電車を越えた先にはスーパーコノミヤがあり、お惣菜やお肉などを買って自炊していたことを思い出します。石津川駅周辺に住んで分かったことは意外と住みやすいということ。多分梅田まで行くという目的がない限りは節約して生活にするには十分なものが揃っています。

南海電鉄の運賃や駐車場代がちょっと高いので、そのあたりで僕は出費をしていました。なんとか生き残れたのは大手企業が密集している工業地帯だったので、収入面は比較的に安定していたからだと思います。多分続けていれば何も困らずに住んだかもしれませんが、地味に家賃が負担になりつつありました。

自宅とはいえ毎月5万円、火災保険や保証金だって用意しなければいけませんでした。他の人よりも貰っているとはいえ、限界は感じていましたから、これからのことを考えると生活が出来るのか続けていけるのか、とても不安ではありましたからね。基本給より残業代で稼いでいて、夜勤もやっていたのでなんかプラスになっていただけで、これから生活をしていくと考えたときに続けていけるのか不安になるのも当然です。

住みやすいが家賃も地味に高いというのが石津川です。

済んでみて地域住民との交流はありませんでした。残念ながら根付くことはできませんでした。そんな余裕もないし田舎と違って、よそ者に冷たい印象があります。石津川周辺が外国人労働者も多く、ルールやマナーの問題があったりと神経を尖らせていたのではないでしょうか。

僕の場合は大家さん(管理会社)が優しかったので、なんとか住み続けられましたが、騒音の問題はしっかりと残っていて、これから住み続けるにはメリットがないと思いました。寝るときになったら聞こえてる可愛くもない女の声というのは腹立ちます。夜中になる珍走団が入り、うるさかったりもしました。

サイレンもたくさん聞きました。治安という言葉はどこへ消えたのか。住み続けて良いものなのか考えたときに、これからのことを考えたのを思い出します。出会いや人間化を除き、大阪に居続けることは必要なのか。今の時代、サラリーマンをしていれば転勤で全国、大阪から東京へ行くことなんてあり得ます。下手したら北海道です。でも繋がっていけるのはなんでなのか。

それはネットというものが発達して、気軽に身近な人と繋がることが出来たからです。繋がりが薄くなったと感じることもあれば、ネットが発達したことで出会った人たちとまた繋がることが出来るようになったのです。なんと10年前大阪でお世話になった上司と出会うことも出来ました。向こうは覚えているかはわかりませんが、あれから10年経過していました上司や先輩は変わっていませんでした。

二度と会えるかどうかわかりませんが、一つの歴史が終わってしまったような、懐かしさより時代が移り変わっていくのを身をもって感じましたね。石津川もまたたくさんの非正規雇用を抱えることになるでしょう。派遣法の問題で長く働き続けるというのは難しいもので、いつかクビを切られてしまうというのはある。時代の変化によって人の繋がりは派遣という立場が薄くなってしまったというのはあります。

大阪堺石津川に住んで色々なことを学びしました。成長したとは思いますが、何か根性的なものは育ったように思いません。踏ん張りたいときに頑張って言ってくれる仲間はすでに辞めていて、いつの間にか僕が長く働いている状態ではありました。

眠たいと言いながら働き、寝て起きて繰り返していただけで、いつの間にか続いているわけです。3年間は長く続いたように思いますが、これは人間関係、企業、仕事内容がバランス良く良かったから続いたわけで、二度と訪れることはないやろなと思います。ちょうど3年間続けてきた仕事を辞めたのは、ライフスタイルの変化にありましたからね。ちょうどコロナ禍が起きちゃって時間差出勤されるために30分早く始めるみたいな感じだったんですよ。

普通30分早くなるなら30分早く終わると思うのでしょ?終わらないんですよ。意味が分かりません。ただ時間がズレただけで何か対策を取ってもらったわけでもありません。仕事自体は楽しくても、続いていくという点を考えると30分早くなるのは困った。送迎バスのタイミングも変わりました。残業時間だけが伸びただけです。

そういう不満があったんですけど、だったら違う仕事でもしてみるかってやってみたら続かない。やる気が起きない。早く帰りたい。つまらない。人間関係はまともな人がいない。この状態で仕事をどう続けていけばいいのかと苦悩しかありませんでした。収入は減る一方でなにかに追われている感じになって、精神はいつの間にかボロボロになって歩くだけ疲れるといった症状ばかり出てきて、生きているだけで本当につらい。そんな日々が続きましたね。

石津川駅では多くの人と出会い、そういう苦悩を少しでも減るようになってきて、環境を変えてみるしか無いと思って、石津川のマンションを出ることにしました。仕事をやめて別のところへ。やりたいことを探して。

石津川で得たもの

石津川に得たものは言葉で表現できないことばかりで、写真だと表現できるかもしれないと今回はたくさん撮影しています。住んでよし、働いてよし。多分恵まれた環境出会ったと思います。臨海工場地帯に仕事場があって正社員なら石津川で暮らしてみるのは良いかもしれない。

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